「理解のある彼くん」以外と付き合ったり結婚する必要はない理由
「理解のある彼くん」という言葉をSNSや漫画で見かけたことはないでしょうか。
うつや適応障害といった精神疾患や、発達障害などによる生きづらさを抱えた女性を、無限の愛で支えてくれる男性のことを指す表現です。
ただ、この言葉には皮肉や揶揄を込めて使われていて、
「そんな都合のいい彼氏、現実にはいない」
「ただの“愛されマウント”では?」
といった否定的な意見が目立つのも事実です。
ですが私は、むしろ「理解のある彼くん以外と付き合ったり結婚する理由ってあるのだろうか?」と思うのです。
物語の都合で突然登場する「理解のある彼くん」に現実味を感じられないこともあるでしょう。
また、「こんなに理解してもらえる=私は愛されている」という語られ方をすると、マウントに聞こえてしまう人がいるのも自然だと思います。
しかし、結婚しなくても幸せになれる時代に、理解のない人と一緒にいる必要はないと思いませんか?
夫婦という関係に「良き人生のパートナー」を求めるか、「ただ子どもを持つための相手」を求めるかは、人それぞれの自由です。どちらが良い悪いという話ではありません。
ただ、もし結婚を「人生を共に歩む良きパートナー探し」と捉えるならば、理解し合える関係は大前提ではないでしょうか。
そう考えると、「理解のある彼くん(そして理解のある彼女)」こそが、結婚における理想の形のひとつだと私は思うのです。
誰もが抱える「生きづらさ」
そもそも、精神疾患や発達障害というものは白黒はっきりつけられるものではありません。
発達障害にしても、症状が強く出る人もいれば、ごく一部分だけ影響が出る人もいて、0か100かでは測れないグラデーションのようなものです。
精神疾患もまた、「今日からうつ病です」と境目があるわけではなく、ほとんどの人は自覚のないまま少しずつ不調に陥っていきます。
つまり、誰もが程度の差こそあれ、何かしら「生きづらさ」を抱えているのだと私は考えています。
だからこそ、その「生きづらさ」を安心して打ち明けられて、お互いに理解し、支え合える関係が大切だと感じます。
「理解のある彼くん」は健全か?
SNSや漫画では、理解のある彼くんが突然登場することがあります。これは短編形式が多く、主人公である彼女の視点に絞って描かれるため、仕方のないことです。
そのため「彼ばかりが一方的に支えている」ように見えて、歪さを感じる人もいるでしょう。
実際に漫画を描いている人の中には、支えてもらってばかりで、全く彼を支えていないケースもあると思います。この場合、支えていない彼女だけが問題のように見えますが、実は「相手に尽くすことでしか自分の価値を感じられない男性」である可能性もあるのです。
- 一見“理解のある彼くん”に見えるけれど、実は「尽くすことでしか自己肯定感を保てない」状態
- 彼女に必要とされなくなった瞬間に、自分の存在意義を失ってしまうリスク
- 支えること自体が無限の愛ではなく、“自分の価値を保つための手段”になっている
つまりこれは、彼女だけでなく男性側にも課題があると言えます。
お互いに支えること・支えられることが“無限の愛”ではなく「自分の存在意義を確かめる手段」になってしまうと、その関係は長続きしません。結果的に崩壊しやすいのです。
一方で、健全な理解のある彼くんとは、自分の価値を自分でも感じられていて、そのうえで相手を思いやれる人。そして、同じように「理解のある彼女」になることで、2人の関係は維持されるのです。
彼だけが支えるのではなく、お互いが理解し合い、支え合うことが大切なのです。
理解のある彼くんに出会うには
理解のある彼くんに出会うには、まず自分自身が「理解を示す態度」を持つことが大前提だと考えます。
愛を与えてほしければ、まずは自分から。
「無限の愛をくれる人なんてどうせいない」と決めつけていれば、自分も愛を出し惜しみしてしまいます。損得勘定でそのエネルギーをケチってしまえば、当然相手も同じ態度で返してきます。
つまり、理解ある彼くんと出会うためには、まず自分自身が「理解ある彼女」であろうとする姿勢が必要なのです。
一方的に支える関係は長続きしません。支えられる側も、支える側も、それぞれの価値を自分で認めながら、お互いに無限の愛を注ぎ合えることが大切です。

