子なし専業主婦に罪悪感はいらない。「働かなくてもいい」を受け入れる方法
「子供がいないのに専業主婦なんて…」
「夫に申し訳ない気がする…」
そんなふうに日々どこかで罪悪感を感じながら暮らしていませんか?
本当は心も体も疲れていて休みたいのに、「ちゃんと働かなきゃ」と自分を責めてしまう。
夫から「働かなくていいよ」と言われても、「本音では働いてほしいと思っているんじゃないか」と疑ってしまう。
なぜこのように思い詰めてしまうのか?
それは「働かないと価値がない」という思い込みのせいです。
私自身、一切稼ぎなしの子なし専業主婦をしていた過去があり、罪悪感も抱いたこともあります。(今は子なし専業主婦をしながらたまに稼ぐという、専業主婦と言えるのか曖昧な立ち位置にいます。)
夫婦で話し合って片働きにしようと決めたのに、心のどこかで「働かないと価値がない」「稼がなければいけない」と、ずっと思っていたのです。
たとえば、
- 働かざる者食うべからず
- 専業主婦は時代遅れ
- 仕事と家事、両立するのが当たり前
でもそれは、社会から刷り込まれてきたただの思い込みであると気づいたのです。
働かないことは悪ではない
まず大前提としてお伝えしたいのは、働かないことは悪いことではありません。
多くの人が“働いていない=社会に貢献していない”という思い込みにとらわれがちですが、それはとても一面的な見方です。
自分が幼かった頃を思い出してみてください。
一般的な家庭であれば、共働きだろうが片働きだろうが、親が衣食住を整えてくれますよね。その土台があったからこそ、学業に集中できる環境があったはず。
学校に行き、友達と遊び、部活に励む…そうやって自分のことだけに集中できる環境がどれだけ恵まれていたか。
それだけでも専業主婦に価値があると思いませんか?
専業主婦の「価値」は、他人が決めるものではない
とはいっても、専業主婦に全く価値を感じないひともいます。
たとえば、仕事・家事・育児、全て完璧にこなせる人にとっては、専業主婦は価値がないと言うかもしれません。もちろんこれも悪いことではありません。
価値観は人それぞれだから。
ある人にとっては、
山に登ることに価値がある。
ある人にとっては、
ブログを書くことに価値がある。
私は運動が苦手なので登山にまったく価値を感じませんが、登山が好きな人はそのために休日を費やします。それと同じように、「専業主婦という生き方」に価値を感じるかどうかも人それぞれ。
音楽を聴くことも、映画を観ることも、本を読むことも、ゲームに課金することも、推しのグッズを集めることも、価値を感じなければやりません。
そう考えると、誰かに専業主婦という価値を認めてもらう必要は全くないと思いませんか?
大切なのは、「自分自身がその生活に価値を感じているかどうか」であり、それ以上の意味づけは必要ないのです。
人それぞれキャパシティが違うことを理解する
「子どもがいないのに専業主婦なんて贅沢だ」と言われることもあるかもしれません。
けれどその背景は人それぞれです。
たとえば、身体的・精神的な理由で働けない人もいるでしょう。あるいは、自分に合う働き方を模索した結果、いまの生活を選んだ人もいます。
どれも、その人なりに考えて選んだ結果であり、「自分の暮らしを心地よく保つための選択肢」にすぎません。一見すると“のんびりしている”ように見えても、そこに至るまでにたくさんの葛藤があった人もいます。
私自身も、仕事も家事もしながら子供を育てている人がいる中で、「子供もいないのに、なんで自分はこんなにできないんだろう」と自分を責めていた時期がありました。
“共働きで子育てをしてる完璧な主婦”がいると、それを標準にされがちですが、人それぞれ得意不得意があって当然で、仕事や家事であっても不得意な人も当然いるのです。
しかし、これらの罪悪感は「社会や他人の声」によって刷り込まれた“思い込み”から生まれるものです。
でも、その声は必ずしも真実ではありません。
あなたが選んだ「今の暮らし」には、きっとあなたにしかわからない理由と、あなたにしか分からない価値があるのです。
自分にとっての心地よさや納得感を大切にすることこそ、本当の意味での“正しさ”ではないでしょうか。
それでも「働かないといけない」と思うなら…
どうしても罪悪感を抱いてしまうなら、無理に「働かなきゃ」と自分を追い詰めるのではなく、自分のペースで、好きなことで小さく稼いでみるのもひとつの手です。
たとえば、心や体に負担をかけず自宅でできることから始めてみる。
そうすることで、誰かの役に立てる実感が得られたり、自分の存在価値を見出すきっかけになるかもしれません。
実は専業主婦でいるよりも「働いているほうが気楽」だったり、「自分らしさを感じられる」なんてこともあるものです。
これもやってみないとわからないことですからね。
私自身、会社に勤める働き方はまったく性に合いませんでしたが、自宅で誰にも気を使わず、自分ひとりの裁量で進められることなら続けられたのです。そして、それが自分の好きなことなので、働いているという感覚とも違うのです。
働くか働かないか。どちらかを選ぶのではなく、そのあいだのちょうどいい場所を探してみるのもひとつの手です。


